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メロヴィング王朝 エルペス 緑の石の指輪の物語 前編 シルドゴンドの結婚

メロヴィング王朝 エルペス 緑の石の指輪の物語 前編 シルドゴンドの結婚
メロヴィング王朝 エルペス 
緑の石の指輪の物語 前編 
シルドゴンドの結婚




クロヴィスの子孫、フランク族の王

(この記事は4分〜5分ほどで読める内容です。)



西暦507年、ポワティエ近郊のヴイエ(Vouillé)で、フランク族の王であるクロヴィスが、

大規模な戦闘において、西ゴート族の王アラリック2世を討ち取りました。

ロワール川南部を占拠したフランク族はガロ・ロマン系住民に対するフランク族の支配を確実にする為、

征服した地方に幾つかの入植地を作りました。

コニャックに程近いエルペスもそういった入植地のひとつで、フランクの戦士の一軍も家族と共にそこに入植しました。

彼らはクロヴィスの側近の貴族のひとりである首領、正確には、王の息子であるクロテール1世によって統率されており、

父王の死去(511年)により、クロテール1世は王国のこの部分を手に入れます。




参考画像 メロヴィング朝の貴族の邸宅


元々この地に住んでいた人々と混血する前、フランク族はこの地で小さな村落に分かれ、

土壁と木でできた家に住み、堀と柵に守られ幾世代か過ごしました。


メロヴィング王朝時代、社会階層の違いは非常に深く定められていました。一族の長とその家族達は労働をせず、

他の者たちよりも丁寧に建てられた広い屋敷に住み、そして、半自由民、又は農奴であった農民たちが

長が所有する建物や土地で、家畜を育てたり、粉ひき車を回したり、長の使用人のような立場で働きました。

長の妻も、このコミュニティで高い地位におり、大きな力を持っていた為、

夫亡き後には、自身の手で財産を管理することもできたのです。





SEMBA ART  コレクション 
エルペスの墳墓で発掘された緑の石の指輪 6世紀



今回、ソレイユが所有するSEMBA ARTコレクションの参考商品としてご紹介するこの金の指輪は、

メロヴィング王朝時代の貴族の妻の一人がはめていた大変貴重な指輪です。

この指輪は6世紀頃に制作され、カボションカットの緑の石がセットされた美しい金細工のもので、

時を超えて19世紀にフランス南西の地、エルペスにて出土しました。


出土してから、126年もの間、美術愛好家達の手から手へを渡ってきたことが分かっており、

古代ジュエリーの重要な複数の資料にも掲載をされています。







参考資料 メロヴィング朝時代の女性


6世紀から19世紀という長い時を経て現存している指輪には一体どのような物語が宿っているのか•••?

それを想像することができるのも古代ジュエリーの大きな魅力の一つです。

この美しく希少な指輪について、メロヴィング朝の生活や装飾品の知識を元に、

当時の持ち主の女性がどのような方で、どのような目的で作られたのか等、

事実を織り交ぜ、様々に思いを馳せてみたいと思います。





女王ラデグンドに詩を読む詩人ヴナンス・フォルテュナ
アルマ・タデマ 1862年



この緑の石の指輪の持ち主の女性の名前はなんといったのでしょう。

彼女の名を想像するのには、この指輪が制作され、彼女が生きていた時代、

6世紀の詩人ヴナンス・フォルテュナ(Venance Fortunat)が触れていた

「若きウィリテウタ(Willithéouta)」などから自由に着想を得るのがよいと思います。

当時の女性の名前としては、シルドゴンド、バジヌ、プラシディンヌ•••などがあったようです。






   

参考画像 6世紀 メロヴィング王朝時代の貴族の若い妻



6世紀前半にエルペスの地域社会で采配を振るっていたフランク族の高位の戦士の娘、シルドゴンドは未だうら若く、

明るく陽気で愛情深い人で、近郊に住むガロ・ロマン貴族の青年との婚礼を明日に控えていました。


メロヴィング王朝の良家の娘が皆そうであるように、彼女は素晴らしい教育を受けていました。

彼女の母語はフランク語でしたが、この地方で話されていた俗ラテン語方言 (フランス語の祖型) も理解することができましたし、

家庭教師として敷地内に住んでいたガロ・ロマン系の先生に、曲用 (性・数・格による名詞・形容詞の語尾変化) が複雑な古典ラテン語を教わっていたので、

それを読み書きすることもできました。






参考画像 右 メロヴィング朝 アレグンド女王の宝石 サンジェルマンアンレー考古学博物館 6世紀
               左 アレグンド女王 イラストレーション サンジェルマンアンレー考古学博物館






婚礼の儀式の朝、彼女の母親は娘の美しさを際立たせようと心を砕き、同時に貴族の家系であることを示す為、

娘を美しく豪華な装飾品で飾る準備をしていました。

その装飾品のいくつかはこの婚約の儀式の為に彫金師に特別に作らせたものでした。



娘の長く美しい金髪は、普段はそのまま自然に垂らされていましたが、

婚礼の色であった赤色の細紐を編み込んだ6つの髷に結い上げられ、

額には、金で「witta(ヴィタ)」と刺繍を施された薄い絹のリボンがそっと巻かれました。



次に鮮やかな色彩のアラベスク模様の刺繍が施された肌着と、

その肌着の上から同じく婚礼の赤色に染められたチュニックを娘が身につけると

母親は宝箱から美しい装飾品を取り出し、つける位置をよく確認しながら婚礼衣装に丁寧に留めていきました。




エルペスの発掘現場より
大英博物館に保存されている6世紀の装身具



まず、腰骨の前の位置でフィビュラと呼ばれる服の留め具が留められました、

フィビュラはフランク式の上等なもので、赤いガーネットがはめ込まれた向い合わせの鳥の頭の装飾が施されている

ギルトシルバー製の一対のフィビュラです。


      

参考画像 左 鳥のブローチ ガーネット 5世紀〜6世紀 メット美術館
     右 鳥のブローチ ガーネット 6世紀 ブリティッシュ美術館


次に襟元の切り込みにも、両目にガーネットがはめ込まれている鷲の形をしたギルトブロンズのふたつの小さなフィビュラが留められました。


   

参考画像 左 メロヴィング朝 ガーネットのピアス
     右 メロヴィング朝 6世紀 ガーネットのピアス サンジェルマンアンレー考古学博物館



幼い頃からピアスを開けていた両耳には、ガーネットをモザイクのようにはめ込んだ装飾のピアスとシルバーギルトのピアスが付けられました。

このピアスは婚礼の為に、元々あったフィビュラのガーネットと同じ色のガーネットを用意して彫金師に作らせらたもので、

ガーネットの赤色は髪の組紐やチュニックの色とも完全に調和しており、

鮮やかで深みのある赤色が互いの美しさを引き立てあって、娘の肌や髪もより一層輝いて見えるのでした。


     

参考画像 左 メロヴィング朝 水晶のペンダント サンジェルマンアンレー考古学博物館
     右 メロヴィング朝 水晶のペンダント アシュモレアン博物館



娘の首にはガラスと琥珀の珠を連ねたネックレスがかけられており、銀の細い輪がはめられた小さな水晶の珠がペンダントとして下がっていました、

当時、水晶はとても希少で滅多に手に入らないもので、これは亡くなった祖母が孫娘に贈った幸運のお守りでした。


  

参考画像 6世紀 メロヴィング王朝の貴族の若い妻



婚礼の衣装が整ったシルドゴンドは、喜びでミルク色の瑞々しい肌が上気し頬は薔薇色に染まりました。

花嫁の準備が終わるのを待っていた花婿も、婚礼の衣装に身を包んだ花嫁の美しさに満足し、たいそう幸せなのでした。


婚礼の儀式が始まり、未来の夫婦の友人たちや親族が儀式の証人をしており、結婚の言葉を書き留める公証人もいました。

花婿は力強い声で、花嫁に贈与する財産を読み上げました。


羊飼いを伴った雌羊の群れ、動かす奴隷を伴った粉ひき車、緑の草の美しい牧草地などの多くの財産、

そして習慣に従って、彼はその贈与に、熟練の技で作られた革製の上履きを一足加えました。





SEMBA ART  コレクション 
エルペスの墳墓で発掘された緑の石の指輪
6世紀



それから花嫁に誓いの指輪(「アヌールス・フィーデイ(ラテン語で『誓いの指輪』の意味)」)を差し出す荘厳な瞬間が訪れます。

その指輪は花婿が未来の妻の為にサント(Saintes)の熟練の宝石職人に作らせたもので、彼女の瞳の色と同じ緑の石で飾られた素晴らしい指輪でした、

その指輪を目にした花嫁は目を輝かせ、思わず喜びの声を上げずにはいられませんでした。



花嫁は指輪を、血管がまっすぐに心臓に通じているといわれる左手の薬指にはめて、

この美しい緑の石の指輪を皆によく見てもらえるよう、はにかみながら、集まった人びとの間を一周し、

指輪を見た皆が宝飾品の趣味の良さや石の神秘的な輝きにうっとりとしました•••。


それから花嫁は、頬の上にする接吻の儀式を嬉しそうに受けました。

この儀式は、結婚を受け入れるという意味を持ち、彼女の気持ちは既に花婿の妻になっているのでした。



とはいえ、本当の妻となるのは、婚姻の成就が果たされる時(この時代の認識で「出産がなされる」こと)、まで待たなくてはなりませんでした。

「娘の引渡し」(「トラディティーオ・プエラエ(ラテン語で『娘の引渡し』の意味)」)の前に、

彼女の家族も嫁ぐ娘に、持参金、財産、召使の奴隷を贈りました。





儀式の後、花嫁の家族による盛大な祝宴が始まり、それは一日中続きました、

食事は茹でたアスパラガスの蜂蜜がけ、ムール貝、詰め物をした豚、そしてデザートとしてクレープとナツメヤシなど、

めずらしい料理がたくさん振舞われます。

飲み物は加熱されたワインと大麦のビールが幾樽か飲み干されました。

若者たちはダンスをし、甘く優しい言葉を交わし、一方では曲芸師(「ジャンガロン」地方語で曲芸師の意味)は招待客を楽しませて、

音楽を奏で、曲芸をし、小噺を語り、四方に道化たしぐさや下卑た冗談などを投げかけて、ほろ酔いの招待客がお腹を抱えるほどに笑わせました。

結婚の儀式には司祭は登場しません、この時代には、婚姻は純粋に宗教色のないものだったからです。

そして夜が更けると、花の冠を着けた花嫁は深く感動しながら、父親の腕に抱かれて夫の家の敷居をまたぎ、

夫は彼女を寝室へ、そして寝台での睦言へと誘いました。

翌日、シルドゴンドは既婚の女性を示すベールを嬉しそうに身につけているのでした•••。



                          

そして人生は、安らかに、または過酷に過ぎていきました。





この時代は今よりもずっと平均寿命が短く、女性の場合、出産での事故がしばしば死の原因となりました。

そして無事に出産ができたとしても子供たちの多くは大人になる前に命を落としたのです。

しかし、もともと丈夫な身体を持っていたメロヴィング王朝時代の女性は

何事もなければ45歳くらいまでは生き、運が良ければ60歳くらいまで生きたのです。

夫を亡くして未亡人になった場合、彼女達は財産を管理し再婚をするか、

キリスト教徒であった場合には修道院で生涯を終えました。

          



•••ですが不幸なことに、この幸せな結婚をしたエルペスの花嫁も婚姻から程なく亡くなったに違いありません•••。

なぜなら、その後、19世紀に彼女の墓は発見されますが、彼女の指にはめられていた指輪は、

柔らかな純金であるにもかかわらず、あまりすり減っていなかったからです、

もし、彼女が長く生きた場合、結婚指輪もそれに伴って磨耗の跡が見られるものですが、殆ど磨耗はしていませんでした。

彼女の早い死は難産が原因だったのでしょうか、それとも病気だったのでしょうか•••。

いずれにせよ、彼女の両親は深い悲しみの中で、娘をその身分に相応しい形で埋葬する準備をしました。





参考画像 メロヴィング朝 女性の貴族の墳墓



身体は丁寧に洗われて香油で覆われ、彼女の持つ一番美しい装飾品、肌着、チュニック、水晶の珠、宝石、

金で刺繍がされたベールを婚約の儀の日と同じように身にまとい、

左の手には、結婚の日に夫から贈られ、彼女が誇らしげに身に着けていた、緑の石がはめ込まれた金の誓いの指輪がはめられました。



こうして着飾られた遺体は村から離れたローマ街道の両脇にある墓地に2輪馬車で運ばれました。

これは6世紀以前から続く習慣で、旅人が故人の魂のために通りすがりに祈ることができるようにする為でした。



彼女の墓は白亜質の泥灰土の中に直接穿たれており、既に墓地にあった他の墓と同じく頭が西を向くようになっていました。

身体は桶の中に仰向けに安置され、両手は下腹部の上で組み合わされました、陶器の鉢と円錐形のガラス製ガロ・ロマン様式のゴブレットが、

あの世にいっても食事や飲み物を取り続けることができるようにと彼女の足元にそっと置かれました。

厚みのある亜麻布で全体を覆い、その上に花をまき散らしてから、土をかぶせます。

そして、石がひとつ、頭の位置に置かれてから、恐らくは彼女の名が刻まれた木製の碑が墓の指標となりました。



長の家族は勿論、このコミュニティ全体が長の若い妻に敬意を払うために葬儀に出席していました、

葬儀に涙、歌、祈り、音楽が伴われたのは間違いありません。

そして、恐らくですが、司祭はいなかったと思われます、

エルペスの墳墓には、キリスト教はまだ入ってきた形跡は見られず、礼拝堂もなく、キリスト教の印もありませんでした。

キリスト教は異教文明が残っていた農村部までは、未だ浸透してはいなかった為と考えられます。

でも、当時の人達が死後の生活を信じてはいなかったということはなく、

例えば死者が敬意なく埋葬され、生前の豊かな生活を死後の世界でも過ごせるような富がなかった場合、

死者の魂が舞い戻って来る事をこの時代の多くの物語が証言しているようなのです•••。





メロヴィング王朝 エルペス 緑の石の物語 後編 1300年後の目覚め へ続きます。

後編はいよいよ緑の石の指輪が時を超えて目覚めるお話です。



 

メロヴィング王朝 エルペス 緑の石の指輪の物語 前編 シルドゴンドの結婚

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